結婚相談所物語

守ってあげたい

《本日のディナーのメニューは?》


今日はこのバージョンで来たか。


さあ、どう返そうかなと


一気に巡る思いを横に置いてまずお味噌汁を弱火にかける。


たわいもないメールは


今から帰るよという合図でしかないけど、


危険と隣り合わせの彼だから


今日も無事だったよの意味が込められていて、


私の心はきゅっと踊る。


箸置きを二つ並べ、


メニューはサプライズでございます、


とおどけて返信しようかと考える。


箸置き二つ。


一人で生きていこうと実家を出て一人暮らしを始めた時、


使いもしないのに衝動買いした。


だいたい一人で生きていくのにお揃いを買うなんて矛盾。


そして案の定一度も使わず引き出しに入れっぱなし。


だけど今では毎晩の食卓に欠かせない、


まるで一日の無事を喜ぶ儀式の小道具のようだ。


去年の今頃はこんな風景は考えられなかった。




去年の今頃、実家を出た。


決して人見知りするたちではないけど、


気がつけば結婚の時機を逃していた。


そんなことは他人から指摘されなくても


自分が一番よくわかっている。


でも、・・・


じゃあ今日から結婚目指して頑張ります


っていうのも気恥ずかしくて、


そのうちそのうちの姿勢を崩せなかった。


親が心配する気持ちもよくわかるけどそれがまた重い。


だから一人暮らしをすることにした。


ちゃんと婚活をするという条件で


親も渋々承知したのだから約束通り結婚相談所に入った。


どこでもよかった。


ただ頻繁に取っ替え引っ替え


紹介されるようなところは避けた。


決して熱心な会員じゃなかったと思う。


この先も一人で生きていこう



という気持ちが芽生えていたし、


誰かを頼って生きていくのも無理なような気がしてたから。


一人暮らしを始めてわかったのは親のありがたみだ。


見返りを求めない無償の愛という


絹布団にくるまれていたことに気づいた私は、


今更こんな風に心から頼れる人を


探し出すのは不可能だと決めつけていた。


もう無垢な感情をさらけ出せる年齢でもないし、


かといって自分を理解してもえるように


努力するのも面倒だ。


それに受け止めてもらえる自信もない。


でも寂しかった。


ただひたすら寂しかった。


寂しい時間を少しでも埋めたかったのかもしれない。


「バツイチの彼だけど


嵌(はま)るかもしれないようないい人、


会ってみる?」


アドバイザーの誘い水にのった。


警察官だと聞いていたので


固くていかついイメージを持っていたが、


彼の何気ない所作におや?と感じた。


気遣いが心地よくて優しい。


さりげなく優先してくれて


いつも私が中心にいるように計らってくれる。


とてもソフトだ。


そう気づいたことを伝えると彼は照れた。


「小さい頃から映画が好きで


洋画でレディファーストを習ったせいかな。


気障(キザ)でしょ?」


まさか優しく丁重に扱ってくれて


感謝こそすれ嫌な気持ちになんかになるわけがない。


離婚した理由も聞いたことから


想像すると先方の我儘が過ぎると思えるのだけど、


彼は一切愚痴めいたことは言わない。


いつしか心寂しくなると


彼のソフトな空気に包まれたくなるようになり、


やがて体を張る仕事の彼を案じる私が現れ、


そして彼をサポートしてあげたい


という思いが膨らみ大きくなっていった。


結婚とは頼れる人を見つけること?


逆だ。


頼りにして欲しい。


無垢な感情をさらけ出す?


反対だ。


さらけ出して欲しい。


自分を理解してもらいたい?


受け止めてもらいたい?


違う。


理解してあげたい。


受け止めてあげたい。


こんなにも優しく人に接せられる人が


一歩間違えれば闇にも繋がる境目の番人として


心と体を張っている。


この人を守ってあげたい。


私の結婚はここにある。


守ってあげることに尽きる!




せっかく結婚相談所に入って


何もバツイチの人を選ばなくても、


と渋い表情の母に、


こんな想いが溢れ出たのは初めて。


そして人生においてこんな気持ちになるのも


最後かもしれない。


そう応える自分に驚いた。


多分こんなにも素直に自分の心情を


口にしたことは今までなかったと思う。


でも言葉に出したことで、


一気に結婚まで突き進めたような気もしている。




溢れ出た私の想いは


この箸置き二つにも役割を与えたのかもしれないな、


と視線を落としてぼんやり思う。


と、束の間足音が響いてきた。


もうすぐ、もうすぐサプライズメニューを


あれこれ予想しながら彼が帰ってくる。


ほら、玄関のドア、ノブに手をかけた。



マリッジ・コンサルタント 山名 友子