結婚相談所物語

心のかさぶた

いつの頃からか、


彼の心にかさぶたが出来ていました。


かさぶたなんか幼い頃から


何度も出来ていた筈です。


でも気にも止めずにいたら直ぐに忘れて


いつの間にか治ってしまいます。


覚えてすらいないからきっとそうなんでしょう。


でもそのうちに忘れられないかさぶたができました。


一つ、二つ・・・


忘れられないかさぶた?


いえ、そうじゃなく、


忘れ方がわからなくなったかさぶたが


できてしまったのです。


意識するからつい触る。


触ると痛い。


何とかしようとまた触る。


そうこうしているうちにかさぶたは


どんどん大きくなって彼の心を支配していきました。


ああ嫌だ!


そして彼は心を塞いだ。


心ごとがんじがらめに包み込んでしまったのです。


絶対触ることのないように......と。




彼はある専門職に憧れて、


それを目指して勉強しました。


しかし挫折。


今の仕事も専門職と言えなくない。


世間一般には認められる専門職に違いない。


だけど彼にとっては挫折の結果。


そしてその時忘れられないかさぶたを


胸に覚えてしまったのです。


もうその夢は諦めました。


でもかさぶたは治りません。


これ以上かさぶたを大きくしたくない。


"一般的"から外れてはいけない。


そう思った。


彼は一般的ではないことに身を委ねるだけの強さを


持ち合わせてないことを十分自覚していました。


だから結婚を考えました。


その手段として結婚相談所を利用しました。


そして結婚しました。




彼の専門職は人気がありました。


彼自身、心のかさぶたを見せない限り


及第点は充分ありました。


そして一番熱心な女性を選びました。


彼を望んでくれるってことは


それだけ彼の価値を認めてくれていることだと


彼は思いました。


でも......、


彼の 母はその女性に難色を示しました。


何故?


彼の決定はそんなに心もとないことなのか?


彼は悩み益々頑なになってしまいました。


本当は自分の気持ちなどよくわからなかったのだけど......。


ただ女性の熱心さを頼みにしていただけなのだけど......。


しかし......結婚生活は程なく破綻しました。




初めから何もかもできなくてもよかったのだけど、


ただせめてできるように努力してほしかった、


と彼は語りました。


でもその僅かの努力も見られないことは


僕はそれに値する伴侶ではないことだったのか?


新しいかさぶたが出来て


封印したはずのかさぶたも疼き出しました。


限界を感じた時、


彼は離婚届けに判を押していました。




彼は思い描いていた家庭生活を


手に入れられなかったのです。


彼は"一般的"からもう外れてしまったのだろうか、


それともまだ範囲内に留まっているのだろうかと


悩みました。


鬱々としながら惰性で


ネットの結婚相手紹介サイトに身を任せてみました。


自分で決められない人、


と思われたくなかった。


でもまた見誤ってしまうのでは?


という怖れはつきまといました。


心のかさぶたが突拍子もなく彼をせめる。


だから刺激しないように心を閉じ込める。


用心深くがんじがらめに。


すると手も足も出なくなりました。


その時彼のお母様が言いました。


「あなたのことを一番よく知って、


解ってくださっているところで


出直すのもいいんじゃない?」


母はいつも心配して連絡をとってくれていたのです。


先の結婚には我々もお母様と同意見でした。


それを彼が強引に押し通した。


その結果の破綻でした。




そうして再スタート。


彼は一回り成長して戻ってこられたのです。


なんだか心が温かくなる、


ネットでは感じなかった安心を感じると、


私たちを喜ばせてもくれました。


そんな時、紹介した女性に


今までと違ったものを感じたと。


何だろう、この感覚は。


もしかしたらこの女性も


心にかさぶたを持っているんじゃないかな?


そうだ、


きっとそうだ。


彼にはそれがよくわかったそうです。


自分が傷ついた思いを相手には


決してさせないようにという気遣いが感じられ、


彼もかさぶたを持っているからわかる


その気遣いがどんなに大変なのかという事が......。




だけど......。


彼は情けないことに直ぐには


彼女を信じることはできませんでした。


彼女の初めの伴侶は


彼が挫折した専門職だったからでした。


やはり親に反対されたけど


恋愛感情を信じて結婚し破綻した彼女。


「世間からは羨ましがられる結婚でした。


だけど結婚なんて生身の人間の気持ちの重なり合い、


心の修復のし合いなんですね。


甘い恋愛感情だけではどうにもならなくて」


そう言った彼女はどんな時でも彼を受け入れようと、


謙虚でした。


彼女もまた以前の経験が


一回り彼女を大きくさせていました。


挫折した彼。


見誤った彼。


尻込みをする彼。


強がる彼。


そして彼女のかさぶたを


なんとかしようとあがく彼。


もうこれ以上包み隠すことはない


というところまで付き合ってくれて、


尚傍らに居てくれる。


ふと気がつくと彼は自分のかさぶたのことなど


すっかり忘れて無防備に心をさらけ出し、


そして癒されていました。




信じよう、彼女を。


僕自身の選択を。


彼女もまた拙(つたな)くも彼女のかさぶたを


宥(なだ)めようとジタバタする彼を


信じてくれたのですから。


「いいカップルね」と言った。


他人の目なんかどうだっていいさと言いたげな、


そうかな、


そうだろうなと満足している彼がいる。


マリッジ・コンサルタント 山名 友子