結婚相談所物語

母の作戦

娘は3人兄妹の末っ子。


よく言えば明るく天真爛漫、


ですが世間知らずと申しましょうか、


突拍子も無いことをしでかすことがままあって、


感心させられたり呆れたり。


その振幅の大きさにやれやれと思うこともしばしばです。


でもここぞという時にはちゃんと意見しようと思っています。


何と言っても母親なのですから。


アメリカの大学に行くと言いだした時も、


地元を離れて進学するとは覚悟していましたが


よもや海を越えて行こうとは。


大丈夫よお母さん、


私は日本が好き、


だから外から見てみるのもいいことよね、


とそれらしい事を言われると反対する理由も見当たらず、


卒業したらとりあえず帰ってくることを約束させて送り出しました。


約束通り卒業後は帰国して煎茶道のお稽古などを始めていましたが、


男女に関してはアメリカ式の恋愛至上主義とやらでしょうか、


楽しむことが第一とでも言うように色々な恋愛を謳歌していたようです。


私も暫くは黙って見ておりましたが、


適齢期を過ぎようかという娘をいつまでも放っておけず、


あなたの恋愛はお好きなように、


でも母親として見過ごすわけにもいかないから


結婚に関しては動くわよ、と宣言しました。


娘も適齢期であることは分かっているようで頷いていましたが、


その表情はまるで受けて立つわよと言わんばかりでした。




さて、そうは言ったものの


どうやって相手を探せばいいやらと思案です。


人様にお尋ねして考えた末、


結婚相談所を利用することにしました。


選択肢はそこそこあるけど多くあり過ぎないこと、


紹介相手の背景が鮮明であること、


相談できる世話役がいること、


この3つの条件で絞り込み、


恋を見つけましょうとか、


誰とでも会えますとか、


ただ沢山紹介するだけのところはふるいにかけ、


選んだのは地元からは離れますが大阪の歴史ある結婚相談所。




アドバイザーには、恋愛ではなく結婚の相手を、


恋愛下手の方でもいいですとお願いしました。


恋愛至上主義の娘がそういう人を選んだら、


その選択は絶対的だと思ったのです。


おかしな条件かなと思いましたが、


承知しましたと事もなげに即答されましたので、


私の真意は通じたものと確信しました。




初めは冷やかし半分で活動していた娘も、


結婚式に招待されたり


アメリカから早くもシングルに戻ったという


知らせが届いたりするうちに本気になってきたようです。


そして、今回、娘にしては


長く付き合っているなと思っていたある日、


「地元まで会いに来てくれるんだけど...。」


とその口調は珍しく迷っている様子でした。


気になってアドバイザーにお尋ねすると、


「お母さん、ご自分でこっそりお確かめになっては?」


と仰るではありませんか。


なるほどと思い、娘には内緒で


少し離れて二人の会話を見守ることにしました。


彼は、考えるより先に言葉が出る


というタイプではなさそうです。


だけど弾けた感の強い娘を


ちゃんと包み込んでくれる鷹揚さがあり、安堵しました。


でも娘の躊躇もわかります。


とにかく恋愛は楽しむものとしてきたのですから

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多少のギャップに戸惑いがあるのでしょう。


でもお付き合いを続けているのは、


出会い頭のトキメキはないけれど、


マイナスも見当たらない、あるいは


それを上回る何かを感じているからかもしれません。


ここは母親の出番かな、


と私は決心しました。


自分が思い描いていた恋愛の定石から


かけ離れていることに気付きながら


捨てきれないこの関係をどうするか。


私は娘がまだ見つけていない


娘自身の本心に分け入っていきました。


「あなたの言う恋愛って、手を繋いだり


気分いいことを言ってもらったり


記念日に贈り物貰ったり?」


「それは傍から見てもわかるし


他人に話して聞かせもできるわね。


友達から羨ましがられると優越感にも浸れる。」




「でもね。」


と娘に言いながら私はいつしか自分自身へ語りかけていました。


「でもね、長い結婚生活での悦びって


他人に話すと何でもないことでも自分だけには見いだせる、


そしてこっそり楽しめることじゃない?」


「仕草だけで相手の気持ちが解った瞬間とか、


離れていても同じことを考えていたこととか。


娘の些細な成長に二人して喜んだなぁ、


と思い出しながら他人にはどうでもいいことを共有できる、


共有しようと努力することが夫婦の醍醐味なんだ」と


私自身、話している今わかった気がしました。




現実生活における日常の尊さを


結婚しないうちから解れとは言わないけれど、


せめて経験者の話から想像して欲しい、


とふと娘に目をやると、


娘も何かに思い至ったような面持ちで、


「近日中に結論を出すわ」と神妙に答えました。




それから数日後、


天真爛漫でよく笑う、


加えて物怖じしない弾けた娘。


やっと恋愛至上の呪縛から解け、


そのままのキャラクターを活かせてもらえる。


ちょっとおつきあい下手だけど


穏やかで誠実なお相手の元へ、


もうすぐ嫁ぎます。


マリッジ・コンサルタント 山名 友子