<彼>
僕は寂しかったのかもしれない。
はじめは本当に結婚しよう、
嫁さんをもらおう、
そう思ってここに入った。
三十五かそれぐらいの時。
でも実はここが初めてではなかった。
三十になる前に母親を亡くし
父親との暮らしは特に困ることはなかったけど、
父親の背中が年々小さくなっていくのが
寂しくてそろそろ結婚しなくては、
と思った。
色々なところで、
ネットでも嫁さん探しを始めた。
四十になった年、
父親も他界してとうとう一人になった。
兄弟もいない。
平日は仕事がある。
土日は結婚相談所やネットで紹介してもらった女性と会う。
それがいつしか僕の生活パターンになり、
結婚相手を見つけることより
この生活を循環させることに満足を覚えるようになった。
結婚したいという友人をここに紹介した。
10人はゆうに超えているだろう。
みんな嫁さんをちゃんと見つけて僕だけが残った。
でも特に焦りは感じなかった。
気ままな十年があっという間に過ぎた。
<彼女>
私は疲れていたのかもしれない。
中学から大学までずっと女子校で、
勤め先でも男性が少ない。
いわゆる男性への免疫がない状態に
自分でもこれはいけないと感じ、
抵抗なく男性に会えるようにならなくては
と思ってネットで婚活を始めた。
とりあえず男性に慣れること、
それが第一の関門だった。
でも妹が恋愛結婚したのを機に、
恋愛しなくちゃという思いが強くなり
プレッシャーに変わった。
紹介してもらった人と
どうやったら恋愛に発展させられるのだろうと
気持ちが焦った。
親はそんな私の焦りなどお構いなしに、
長女の私の結婚相手はこうであって欲しいとか
ああでなくちゃいけないとか、
勝手に理想を掲げる。
私は益々気が重くなり憂鬱になった。
そんな難しいこと言われても自分一人では決められない、
と何もかも投げ出したくなった。
だけど全てを放り投げる勇気もない。
藁をもすがる思いで最後の結婚相談所の門を叩いた。
誰かに決めてもらいたかった。
入会手続きの日付を書き込みながら、
婚活を始めて十年が経っていることに気がついた。
<彼>
結婚相談所の顔馴染みになったアドバイザーからも、
いつまで選んでらっしゃるの?
と時々叱咤される。
あなたから紹介して頂いた方は
全員お決まりになったのにねえとため息をつかれる。
そういうやり取りすら一人ぼっちの僕には温かくて嬉しいのだけど、
新しいスタッフが僕よりも年下になっていくと、
そうだな、
いつまでもここに甘えていられないな、
という気になってきた。
この十年で自分自身はちっとも変わっていないつもりだったけど、
周りは当たり前だけど変化している。
まず僕の年齢に相応しい女性となると
キャリアを積んだしっかり者が多くなる。
そんな中で、
今回の彼女は儚(はかな)げで、
こんなわがまま気ままな僕でも
構ってあげたいとつい思ってしまうような、
そんな女性だった。
<彼女>
最後と決めた結婚相談所での
初めてのお見合いは思ったほど緊張しなかった。
「まず気楽におつきあいできる方から始めましょうか。
ちゃんとした資産家の方でいらっしゃるけど
もうご両親様が他界されてお一人だから
そういうところも気が楽かもしれないわね。」
なるほどそういうことも分かった上で
会えるのだと目からウロコである。
会ってみると、
例えばお互い何かに気を取られて
会話が途切れたとしても全然気まずくならない、
そんなほんわかとした雰囲気を持った男性だ。
今までのキリキリとした切羽詰まった気持ちは
これっぽっちも湧き起こらない。
窮屈に思わないってことは
いい傾向だからお付き合い続けてみたら、
というアドバイザーの言葉に従った。
初めて、前進を感じた。
色々と理想条件を掲げていた親も、
本当に義理の親に気遣いしなくていい人が
現れるなんてねぇ、と喜んだ。
<彼>
今までの十年は一体なんだったんだろうね、
と二人でよく話します。
「僕は色々と嫁さん探しに首を突っ込んで
結局最後はここで見つけて
アドバイザーに親代わりになってもらって、
両家紹介から結納まで立ち会ってもらった。
まあのほほんとした十年を過ごさせてもらったかな。
迷走が長かったかもしれないけど、
でもよかった。
ちゃんと嫁さんを見つけられたから。」
<彼女>
「私は苦しんだ十年でした。
諦めたり、
諦めることさえ怖かったり。
でもこうして目的を達成できたのだから
無駄な十年ではなかったと思います。
この十年があったからこそ今日を迎えることができた、
そう思うようにしています。」
これからは二人で、
まだまだこの先の数十年を、
共に生きていきます。
<私>
今日、彼から夕食の写メが届いた。
お料理上手だったのね、彼女。
いつまでもお幸せに。
マリッジ・コンサルタント 山名 友子